誘惑を遠ざけると、やめやすくなるのか。「ひと手間」の研究

お菓子の袋を机に置いたまま仕事をしていたら、気づかないうちに食べ切っていた。お酒も、すぐ手が届く場所にあるとつい手が伸びてしまう。「意志が弱いから」と自分を責めたくなりますが、研究が示すのは少し違う話です。手を伸ばすまでの距離や「ひと手間」を増やすだけで、食べる人の割合や食べる量が減ったという実験があります。
3行でわかる
- スナック菓子を20cmから70cmの位置に遠ざけるだけで、実際に手を伸ばす人の割合が減った実験がある。
- 24件の実験をまとめた分析では、食べ物を「遠くに置く」工夫で消費量が中程度減り、「選択肢の数を絞る」工夫ではその食品を選ぶ量が大きく減った(ただし少数の研究による結果)。
- 距離だけでなく、包装をはがすといった「ひと手間」自体にも、食べる量を減らす効果があった。
01 悩みの正体誘惑に意志で勝とうとすると、なぜ疲れるの?
日常の多くの行動は、よく考えて選んでいるのではなく、目の前にある物がきっかけで自動的に始まっている。
2012年に『サイエンス』誌に発表された総説で、ケンブリッジ大学のTheresa Marteauらは、過食や喫煙、飲酒、運動不足といった健康を損なう行動が続く背景として、人の行動の多くは「考えた上での選択」ではなく、周囲の環境にある手がかりによって自動的に引き起こされていると指摘しました[4]。見える・近い・取りやすいという条件がそろうと、人は「食べるかどうか」を毎回考えずに手を伸ばしてしまいます。同じ総説は、行動を振り返るよう促す対策は効果が出にくいことが多く、こうした自動的な行動のきっかけに働きかける対策の方が効果的かもしれないと提案しています。だから「我慢する」だけでなく、誘惑がそもそも目に入らない・手が届かない環境をつくることが、楽な対策の候補になります。
02 研究とデータでわかっていること誘惑を遠ざけると、本当に食べる量は減るの?
スナック菓子を数十センチ遠ざけるだけで、食べる量や食べる人の割合が実際に減ったという実験結果が複数ある。
Hollands, G. J.ら(2019・系統的レビュー)[1]
食品・お酒・タバコの「近さ」や「選べる量」を変える工夫の研究を探し、見つかった24件のランダム化比較試験(すべて食品)を解析。食べ物を遠くに置く工夫は消費量を中程度減らし(12件の研究、標準化平均差 -0.60)、選べる選択肢の数を減らす工夫は、その食品を選ぶ量を大きく減らした(3件の研究・154人、標準化平均差 -1.13)。ただし選択肢を減らしたときの消費量への効果ははっきりしなかった。
対象: ランダム化比較試験24件、半数以上が実験室環境、すべて高所得国 / 限界: エビデンスの確実性は低い〜非常に低いと評価され、お酒やタバコを扱った実験は含まれていない。
Hunter, J. A.ら(2018)[2]
一般の人を対象にした2つの実験で、スナック菓子を20cmと70cmの位置に置いて取る人の割合を比較。参加者159人の実験1では差がなかったが、246人の実験2では70cm離れた菓子を取った人が有意に少なかった。認知資源(自制心を支える能力)による個人差は見られなかった。
対象: イギリスの成人159人・246人(2つの実験) / 限界: 実験1では効果が確認されず、結果が一貫していない。
Knowles, D.ら(2020)[3]
包装の有無で「開ける手間」を変えた実験(85人)と、色の目立ちやすさを変えた実験(80人)を実施し、お菓子を20cmか70cmの位置に置いた。包装されたブラウニー(手間あり)は包装なしより食べる量が少なく、距離を離した場合も食べる量が減った。手間と距離は、それぞれ独立に、また組み合わさって食べる量を減らしていた。色の違いは食べる量に影響しなかった。
対象: 大学の実験室で行った2つの実験(85人・80人、事前登録あり) / 限界: 小規模な実験室研究で、日常生活での効果は未確認。
| 工夫 | 内容 | 確認された効果 |
|---|---|---|
| 近さ | 20cm→70cmに離す | 実験2で取る人の割合が有意に減少[2] |
| 選べる量 | 選択肢の数を減らす | 選ぶ量が大きく減少(SMD -1.13、3件の研究)[1] |
| ひと手間 | 包装をはがす手間をつける | 手間だけでも摂取量が減少し、距離とも組み合わさった[3] |
03 今日からできる小さな一歩家にある誘惑は、どう置けば減らせる?
誘惑になるものを70cm以上離すか、ひと手間かかる場所にしまうだけで、手を伸ばす回数を減らせる可能性がある。
今いる場所から70cm以上離す
机の上に置いていたお菓子やお酒は、別の部屋やキッチンの見えない場所に移す。
所要 1分
封を開けたままにしない
食べ終わるたびに袋を閉じる、密閉容器に移し替えるなど「開け直す手間」を1つ増やす。
所要 1分
置き場所を同居人と決めておく
一人で管理しきれないときは、お菓子やお酒の保管場所を家族や同居人と決めるだけでも助けになる。
所要 5分
04 続けるためのコツ意志力を使わずに続けるには?
環境を変える対策は一度整えれば、そのたびに我慢しなくて済むため、続けやすい可能性がある。
- 「誘惑に気づいたら我慢する」のではなく「誘惑が目に入らない配置にする」ことを優先する。
- どうしても誘惑が目の前にある場面では、衝動が自然に収まるのを待つという考え方も助けになる。関連記事に衝動サーフィンの研究がある。
- 完全にやめるのが難しい習慣には、別の行動に置き換える方法を試した研究もある。詳しくは習慣の置き換えの研究を参照。
05よくある質問
お酒やタバコでも同じ効果があるの?
今回のレビューに含まれた24件の実験はすべて食品を対象にしたもので、お酒やタバコを扱った実験は見つかりませんでした。同じ仕組みが働く可能性はありますが、現時点で確認されているのは食品についての効果です。
自制心が強い人には効果がないのでは?
Hunterらの実験では、参加者の認知資源(自制心を支える能力)の個人差による効果の違いは見られませんでした。誘惑を遠ざける工夫は、自制心の強さに関わらず役立つ可能性があります。
出典
- Hollands GJ, Carter P, Anwer S, et al. (2019). Altering the availability or proximity of food, alcohol and tobacco products to change their selection and consumption. Cochrane Database of Systematic Reviews. https://doi.org/10.1002/14651858.CD012573.pub3
- Hunter JA, Hollands GJ, Couturier DL, Marteau TM (2018). Effect of snack-food proximity on intake in general population samples with higher and lower cognitive resource. Appetite, 121, 337-347. https://doi.org/10.1016/j.appet.2017.11.101
- Knowles D, Brown K, Aldrovandi S (2020). Exploring the roles of physical effort and visual salience within the proximity effect. Appetite, 145, 104489. https://doi.org/10.1016/j.appet.2019.104489
- Marteau TM, Hollands GJ, Fletcher PC (2012). Changing human behavior to prevent disease: the importance of targeting automatic processes. Science, 337(6101), 1492-1495. https://doi.org/10.1126/science.1226918

