覚えたことは、なぜすぐ忘れるのか。忘却曲線の再現実験と脳の研究でわかったこと

昨日しっかり覚えたはずの単語が、今日はもう出てこない。そんなとき「自分は記憶力が悪い」と感じるかもしれません。でも、覚えた直後ほど速く忘れるのは、誰の脳にも起きるふつうの性質です。研究では、忘れる理由として「まだ固まっていない記憶が後の活動で上書きされる」ことや、脳がわざと忘れる仕組みまで見つかっています。
3行でわかる
- 忘却曲線は2015年に再現され、忘れる速さは覚えた直後がいちばん大きく、その後ゆるやかになると確かめられた。
- 覚えたばかりの記憶はまだ固まっておらず、直後の頭の活動で上書きされやすい。脳には不要な記憶を消す仕組みもある。
- 忘れても「ゼロに戻る」わけではない。エビングハウスでは31日後でも、覚え直しの時間が約2割短く済んだ。
01 悩みの正体覚えたことをすぐ忘れるのは記憶力が悪いから?
記憶力のせいとは限りません。覚えた直後に急に忘れ、その後ゆるやかになるのは、140年前から何度も確かめられてきた、誰にでも起きる記憶の性質です。
1880年ごろ、ドイツの心理学者エビングハウスは、意味のない短いつづり(無意味つづり)を自分で覚え、時間をおいて覚え直す実験を続けました。これが有名な「忘却曲線」です。
ここでよくある誤解があります。忘却曲線は「何%覚えているか」ではありません。「覚え直すのに、最初より何%時間が少なくて済んだか(節約率)」を示した数字です。
たとえば1日後の節約率が約34%なら、「66%忘れた」ではなく「覚え直しの時間が3分の1ほど短く済んだ」という意味です。忘れたように見えても、記憶の跡は残っています。
02 科学的にわかっていること人はなぜ、覚えた直後ほど速く忘れるのか
覚えたばかりの記憶はまだ固まっておらず、直後の頭の活動に上書きされやすいからだと考えられています。さらに脳には、記憶を少しずつ消す仕組みもあります。
MurreとDros(2015)[1]
エビングハウスの実験を、できるだけ同じ方法で再現しました。22歳の男性1人が約70時間かけて69個のリストを覚え、20分後から31日後まで7つの間隔で覚え直しました。忘れ方はエビングハウスとよく似ており、著者らは「忘却曲線は再現された」と結論づけました。ただし曲線は完全になめらかではなく、24時間の時点で上向きに跳ねている可能性が高い、とも述べています。
対象: 1人(エビングハウス本人も1人) / 限界: 意味のない文字の暗記なので、意味のある内容の忘れ方とは違う可能性があります。
| 覚えてからの時間 | エビングハウス(1880) | 再現実験(2015) |
|---|---|---|
| 20分後 | 58.2% | 47.2% |
| 1時間後 | 44.2% | 37.3% |
| 1日後 | 33.7% | 31.7% |
| 6日後 | 25.4% | 16.8% |
| 31日後 | 21.1% | 4.1% |
数字は節約率(覚え直しで短くなった時間の割合)。再現実験の31日後の値が低いのは、そのリストを実験の初めにまとめて覚えたためかもしれない、と著者らは述べています[1]。
Wixted(2004)[2]
心理学と脳科学の研究を整理したレビューです。日常の忘れの多くは、まだ固まっていない新しい記憶が、その後の頭の活動や別の記憶づくりに邪魔されて起きる、と論じました。似た内容でなくても邪魔になるという考え方です。覚えた後に眠ると記憶が残りやすいことも、これで説明できるとしています。
対象: 100年分の研究のレビュー / 限界: ひとつの理論的な見方で、忘れの原因がこれだけと決まったわけではありません。
DavisとZhong(2017)[3]
ショウジョウバエなどの研究から、脳には記憶を積極的に消す仕組みがあることがわかってきました。記憶の跡を少しずつ壊す信号が常に出ていて、「忘れることが脳の基本の状態かもしれない」と著者らは述べています。
対象: 主に動物の研究のレビュー / 限界: 人の日常の物忘れにどこまで当てはまるかは、まだ研究の途中です。
Radvanskyら(2022)[4]
これまでの研究を見直し、忘れ方は1本のなめらかな曲線では説明しきれないと指摘しました。覚えた直後の約1分、その後の12時間、続く1週間ほど、それ以降という段階ごとに、忘れ方が変わると提案しています。
対象: 既存研究の見直し / 限界: 新しく提案された枠組みで、まだ検証が続いています。
03 今日からできる小さな一歩覚えたことを忘れにくくするには?
覚えた直後に頭を休ませ、翌日にもう一度思い出し、その夜は眠ることです。どれも「固まる前の記憶を守る」「消えかけた記憶を呼び戻す」ための工夫です。
覚えた直後の10分は、スマホを見ずにぼんやりする
Dewarら(2012)の実験では、物語を覚えた後に10分間なにもせず休んだほうが、間違い探しをした場合より7日後もよく覚えていました[5]。ただし効果は若い健康な人では小さめです。
所要 10分
04 続けるためのコツ直後に休むと覚えやすい、は誰にでも効く?
効く傾向はありますが、若い健康な大人では効果は小さく、効かなかった研究も多くあります。休むことは「おまけ」と考え、思い出す練習を中心にするのが確実です。
- 51件の研究(142の効果量)をまとめた2026年のメタ分析では、直後に休む効果は全体で g=0.34でした[6]。
- グループ別では、記憶の病気がある人で g=1.18、健康な高齢者で g=0.57、若年〜中年の健康な大人では g=0.20と小さくなりました[6]。
- 著者らは、健康な若い大人では効果が出なかった研究も多いと述べています[6]。
- 忘れても落ち込まなくて大丈夫です。エビングハウスの記録では、31日後でも覚え直しの時間が21.1%短く済みました[1]。一度覚えたことは、思い出せなくても跡が残っています。
05よくある質問
忘却曲線の「1日で7割忘れる」は本当?
そのままの意味では正しくありません。エビングハウスの数字は「覚え直しにかかる時間が何%減ったか(節約率)」で、1日後は約34%でした。何%覚えているかを測った数字ではないので、「7割忘れる」と読むのは誤解です。
覚えたことを忘れるのは、脳の老化ですか?
覚えた直後ほど速く忘れるのは、年齢に関係なく起きる性質です。22歳の人を対象にした2015年の再現実験でも、エビングハウスとよく似た忘れ方が確かめられました。
どうして寝ると記憶が残りやすいの?
眠っている間は新しい情報が入らないため、固まる前の記憶が上書きされにくいという説明があります(Wixted, 2004)。睡眠中の脳で記憶が整理されるという研究もあり、理由はひとつに決まっていません。
出典
- Murre, J. M. J., & Dros, J. (2015). Replication and analysis of Ebbinghaus' forgetting curve. PLoS ONE, 10(7), e0120644. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0120644
- Wixted, J. T. (2004). The psychology and neuroscience of forgetting. Annual Review of Psychology, 55, 235-269. https://doi.org/10.1146/annurev.psych.55.090902.141555
- Davis, R. L., & Zhong, Y. (2017). The biology of forgetting: A perspective. Neuron, 95(3), 490-503. https://doi.org/10.1016/j.neuron.2017.05.039
- Radvansky, G. A., Doolen, A. C., Pettijohn, K. A., & Ritchey, M. (2022). A new look at memory retention and forgetting. Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition, 48(11), 1698-1723. https://doi.org/10.1037/xlm0001110
- Dewar, M., Alber, J., Butler, C., Cowan, N., & Della Sala, S. (2012). Brief wakeful resting boosts new memories over the long term. Psychological Science, 23(9), 955-960. https://doi.org/10.1177/0956797612441220
- Parra, D., Zhang, Z., & Radvansky, G. (2026). Should we all just take 10? A meta-analysis of wakeful rest. Psychonomic Bulletin & Review, 33(1), 49. https://doi.org/10.3758/s13423-025-02778-3


