ポジティブ思考は逆効果になることがあるのか。研究でわかった「空想」の代償

「もっとポジティブに考えよう」と言われて、素直に前向きな気持ちになってみたのに、なぜか行動が続かなかった。幸せになろうと意識するほど、かえって気持ちが沈む。そんな感覚を持ったことがある人は少なくありません。ここには、気の持ちようの問題ではなく、ポジティブ思考の「使い方」に関わる科学的な理由があります。
3行でわかる
- 望む未来を「もう叶った」かのように前向きに空想した人ほど、就職活動の内定数や試験の成績、手術後の回復など、実際の努力や成果が低くなる傾向が、数週間〜2年の追跡調査で確認されている。
- のどが渇いた人に水を飲めた場面をポジティブに空想させる実験では、それだけで血圧として測れる「エネルギー」が下がり、やる気も下がった。
- 「幸せでいよう」と意識しすぎることや、嫌な気持ちを無理に抑え込むことは、かえって幸福感の低下や不安・抑うつと結びつくという研究もある。
01悩みの正体を、やさしい言葉で
ポジティブ思考が逆効果になるのは、望む未来を「もう叶った」かのように空想し、努力のためのエネルギーを失ってしまうときに起こる。
心理学者ガブリエレ・エッティンゲンらの研究では、未来への前向きな考え方を2つに分けています。ひとつは「期待」。叶う可能性がどれくらい高いかを現実的に見積もる考え方です。もうひとつは「空想」。望む未来を、すでに叶ったかのように心の中で映像として味わう考え方です。
問題になりやすいのは、後者の「空想」のほうだとされています。望む結果をあらかじめ心の中で味わってしまうと、脳は満足感の一部を先取りしてしまい、まだ何も達成していないのに、力を抜いてしまうことがあるからです。「ポジティブ思考」とひとくくりにされがちなこの2つを分けると、自分がどちらに当てはまるかが見えやすくなります。
| 考え方 | 内容 | 努力・成果との関係 |
|---|---|---|
| 期待 | 叶う可能性を現実的に見積もる | 高いほど努力・成果も高い傾向 |
| 空想 | 叶った未来を心の中で先取りして味わう | 強いほど努力・成果が低い傾向 |
02科学的にわかっていること
望む未来を先取りして空想するほど努力やエネルギーが下がり、幸せを意識しすぎることや感情を抑え込むことも逆効果になりうる、と複数の研究が示している。
Oettingen と Mayer(2002)[1]
就職活動中の学生、恋愛感情を持つ学生、試験前の学生、股関節の手術を受けた患者という4つの集団を、数週間から2年にわたって追跡した研究。望む未来を前向きに「空想」した人ほど、就職活動での応募数・内定数・給与が低く、恋人ができた割合も低く、試験の成績も低く、手術後の回復も理学療法士の評価で悪かった。一方、「叶う可能性が高い」と現実的に期待した人ほど、努力も成果も良かった。
対象: 学生・患者を対象にした4つの調査(数週間〜2年の追跡) / 限界: 空想の強さは自己報告によるもので、空想そのものが原因か他の要因が影響しているかを完全には分けられない。
Kappes と Oettingen(2011)[2]
のどが渇いたアメリカの大学生164人を対象にした実験。望む未来(水を飲んで渇きが収まった場面)を前向きに空想するよう指示された人は、「本当にそうなるか疑ってみる」よう指示された人に比べて、血圧(エネルギーの指標)が下がり、やる気も低下した。切実な欲求についての空想ほど、この低下は大きかった。
対象: のどの渇きを抱えた大学生164人 / 限界: 実験室で短時間に測った結果であり、日常生活の長期的な行動にそのまま当てはまるとは限らない。
Mauss ら(2011)[3]
女性59人を対象にした調査と、女性大学生69人を対象にした実験。日常的にストレスが少ない状況でさえ、「幸せでいること」を重視する人ほど幸福感・満足度が低く、抑うつ症状が多かった。実験で幸せを重視するよう仕向けられた人は、楽しい映像を見ても喜びを感じにくく、その理由は「自分の感情に満足できない」という失望感だった。
対象: 女性のみ(米国、計128人) / 限界: 女性だけを対象にしており、男性や他の文化にそのまま一般化できるかは未検証。
Aldao ら(2010、メタ分析)[4]
114件の研究・241の効果量をまとめた分析。嫌な気持ちを無理に抑え込む「抑制」は、感情をそのまま受け止める「受容」や考え方を変える「リフレーミング」に比べて、不安や抑うつとの結びつきが強かった。無理にポジティブになろうとして負の感情を抑え込むことが、かえって心の不調と関連していたことになる。
対象: 114件の研究・241の効果量 / 限界: 相関関係をまとめたものであり、抑制が原因で不調になると断定することはできない。
03今日からできる小さな一歩
空想だけで終わらせず障害を1つ書き出す、if-thenプランを作る、嫌な気持ちはまず認める、という3つの工夫で空想の落とし穴を避けやすくなる。
望みを描いたら、邪魔するものを1つ書く
望む未来を思い描いたら、そのすぐあとに「それを邪魔する一番大きな壁は何か」を1つだけ具体的に書き出す。空想で終わらせず、現実に目を向け直す一手間になる。
所要 1〜2分
「もし〜なら、〜する」の一文を作る
書き出した障害が実際に起きた場面を想定し、「もし〇〇が起きたら、△△する」という一文を作っておく。何も考えていない状態より、行動に移しやすくなる。
所要 2〜3分
嫌な気持ちは、まず名前をつけて認める
気分が沈んだときに無理に元気な考え方へ切り替えようとせず、「今、不安を感じている」のように気持ちに名前をつけて認める一言を心の中で言ってみる。
所要 数十秒
04続けるためのコツ
ポジティブ思考そのものが悪いわけではなく、現実的な期待と組み合わせることが続けるコツになる。
- 空想が浮かんだら「楽しいな」で止めず、「叶えるには何が必要か」まで1歩進めてみる。
- 落ち込んだ日があっても、「ポジティブになれなかった自分」をさらに責めない。感情を抑え込むこと自体が逆効果になりうる。
- うまくいかない日のほうが普通だと考え、たまに障害を書き出せた日があれば十分とする。
05よくある質問
ポジティブ思考自体が悪いのですか?
悪いわけではありません。研究で逆効果が示されているのは、望む未来を「もう叶った」かのように空想して止まってしまう場合です。叶う可能性を現実的に期待し、それを努力につなげることは、良い結果と結びついています。
落ち込んだときに無理に元気になろうとしてはいけませんか?
嫌な気持ちを無理に抑え込むことは、不安や抑うつと結びつくという分析があります。まず「今、こういう気持ちがある」と認めたうえで、必要なら前向きな考え方に切り替えるほうが良いとされています。気分の落ち込みが強く長く続く場合は、この記事の内容だけで対処せず、医師や専門の相談窓口に相談することをおすすめします。
出典
- Oettingen, G., & Mayer, D. (2002). The motivating function of thinking about the future: Expectations versus fantasies. Journal of Personality and Social Psychology, 83(5), 1198-1212. https://doi.org/10.1037/0022-3514.83.5.1198
- Kappes, H. B., & Oettingen, G. (2011). Positive fantasies about idealized futures sap energy. Journal of Experimental Social Psychology, 47(4), 719-729. https://doi.org/10.1016/j.jesp.2011.02.003
- Mauss, I. B., Tamir, M., Anderson, C. L., & Savino, N. S. (2011). Can seeking happiness make people unhappy? Paradoxical effects of valuing happiness. Emotion, 11(4), 807-815. https://doi.org/10.1037/a0022010
- Aldao, A., Nolen-Hoeksema, S., & Schweizer, S. (2010). Emotion-regulation strategies across psychopathology: A meta-analytic review. Clinical Psychology Review, 30(2), 217-237. https://doi.org/10.1016/j.cpr.2009.11.004


